ホーム > いわや350余年の歴史
いわやは、江戸時代から三百余年の歴史を刻む木曽路を代表する老舗旅館。代々、館主を務める児野(ちごの)家のルーツをたどると、川中島の戦いにも出陣したという木曽家十八代義昌の家老職に行き着きます。
江戸時代〜
中山道・木曽路の福島宿(現・木曽町福島)に旅籠として創業。福島宿は日本四大関所の一つであり、とりわけ中山道の中心に位置していたため、数多くの人々がこの街を訪れました。その中には、旅人や商人らに交ざって、霊峰御嶽山にお参りする御嶽信仰の信者・行者の姿も目立っていたそうです。

明治〜大正時代
木曽谷には、皇室財産の御料林が点在しており、明治〜大正〜昭和にかけて高松宮様・三笠宮様をはじめ11組もの宮家の方々がご視察に訪れになられました。その際のご宿泊は、常時いわやに限られていました。また、島崎藤村や徳富蘇峰らの多くの文人・墨客も泊まっています。
当時のエピソードとして次のようなおもしろい話があります。「岩屋に初めて宮様がお泊まりになった当時、最高の宿泊料金は三円でした。いわやでは、宮様の宿泊料として三十円、その他にお茶代として三百円もいただいたそうです。しかし、宮様をお泊めするために、いわやが改築などに使った経費の総額は三千円にも上ったということです。」
昭和〜平成〜現在
昭和2年の「福島大火」で、残念ながら当館も全焼してしまったため、現在の本館を建築して営業を再開。その後の終戦時には、御料林があった関係からか長野県で最も早く米軍将校が宿泊。今の女将は、まだ子どもだった当時、チョコレートなどを米兵からもらったのを懐かしい思い出と話しています。
近年は、木曽路の名所・旧跡の観光や、スキーなどのレジャーの拠点としておおいに栄え、平成10年に現在のたたずまいに増改築をほどこしました。









